個別奨励研究助成
当センターでは、センターに所属する若手を中心とした研究者の、先端的かつ独創的な研究の支援を目的とした研究助成制度を設けています。
これらの研究の成果については、当センター刊行物(『CAS News Letter』ないし『アジア・レビュー』)に掲載いたします。
■ 2025年度の採択研究:2件
研究者名:
柏原沙織(所員 本学建築学部特別助教)
研究課題:
ハノイ市縁辺部の職人集落とハノイ旧市街の現代的関係に関する調査研究
研究の目的:
ベトナムのハノイ旧市街は、隣接する宮廷地区に仕えるために縁辺部の職人集落から村人が集められた歴史的な商住混合地区であり、通りごとに同業者が集まる「職業の通り」が形成された。村人たちはギルドを組織し、集落由来の伝統工芸技術だけでなく、信仰・祭礼なども含む無形文化遺産を継承していた。移住後も、集落と通りは社会経済的な関係を維持しながら発展していた。1954年の社会主義化後に集落と通りの繋がりは弱体化したが、旧市街には現在も集落にルーツを持つ商人・職人が存在しているほか、商品の製造発注等で取引関係を持つ商人もいる。このように、旧市街の無形文化遺産を担ってきた職人集落と職業の通りの関係は、現代の文脈の中で伝統的な部分を残しつつ、現代化しながら継続していると考えられる。以上を踏まえ本研究は、ハノイ旧市街の無形文化遺産価値を支えてきたハノイ縁辺部の職人集落と、職業の通りの現代的な関係の基礎的情報を明らかにすることを目的とする。
研究方法は、政策・文献レビューによる既存の職人集落・伝統工芸支援の枠組みの把握、集落訪問による職人らへの半構造化インタビューである。訪問する集落は、銀線細工を製造し旧市街のHang Bac通りと歴史的繋がりのあるDinh Cong村、現在もHang Thiec通りと繋がりを持ち金属製品の製造が行われているPhu Thu村とする。各集落の職人ら4〜5名に対し、基礎的な属性情報、社会的側面(祭礼、信仰施設、旧市街の店舗・工房との血縁関係の有無)、事業的側面(伝統工芸技術の継承方法、伝統工芸技術の変容、旧市街の店舗・工房との取引関係の有無、その他の取引先の状況等)の両面から、旧市街との関係と製造流通に関わるより広域のネットワークについて情報を収集する。
本研究を通じて、歴史地区を特徴づける都市部無形文化遺産の本質的な価値の維持と、持続的な発展を両立する支援策の方向性に向けた基礎的な知見を得るとともに、伝統職業の適応的変化と、現代的文脈で継続を支えるシステムを評価する視点を提示することで、他所の歴史地区へも有益な示唆を与えることが期待できる。
研究者名:
西堀隆史(客員研究員)
研究課題:
タイ・バンコクの低所得者居住地区における小さな共有空間についての調査
研究の目的:
タイ・バンコクにおける近代的建築物の増加や都市空間の変容は顕著であるが、タイは植民地間の緩衝地という場所的特性から独立を保っていたことにより、土地独特の歴史的・社会的背景のある発展の痕跡が多く残っている。経済的な格差が大きいタイの社会における貧富の差による生活環境の違いは大きく、低所得者層が居住する地区では生活環境の変化の速度が緩やかであり、場所性のある環境や土地本来の文化・風習・生活習慣、社会的背景などから形作られた生活環境が、現代的な改変を加えながら多様な形態で残存していることが確認できる。この低所得者層が居住する地区内の住空間と地域的特性が内在する「居住する人々によって形作られた小さな共有空間」を、成り立ち・位置的特性・用途・使用状況などから整理・分析することにより、多様な生活環境が隣り合い混在するバンコクという都市の街並み・生活環境の特性に関する理解の一端とすることを目的としている。
バンコク内において変化の速度が緩やかな低所得者層が居住する地区の一つであるマカサン地区は、バンコク中心部サイアムの北東に位置し、鉄道の駅であるマカサン駅北側の鉄道工場の建設に伴う工場労働者の募集に際して行政により建設された居住区と、それに隣接する住宅密集地周辺の地区である。現在のマカサン地区は、幹線道路などによる地区内の分断や、他の交通インフラの発展に伴う鉄道の役割や行政の関わり方の変化などから、地区内の環境整備が為されていない部分も多い。また、他の低所得者層居住地区において社会福祉や教育関連の発展に寄与してきた人々が現在ではマカサン地区の住民のために尽力している現状などもある。
マカサン地区は多様な形態の居住地区に隣接しており、これらを含めた地区の生活環境の実態を理解することにより、これまでに分析を行ってきたバンコク内にある他の低所得者層居住地区における生活環境との相対的な検証も踏まえ、バンコクという都市における都市空間の一側面の理解につなげていきたい。
2024年度の採択研究
■ 2024年度の採択研究:2件
研究者名:
石井梨紗子(所員 本学法学部准教授)
研究課題:
開発とビジネス:コロナ禍のフィリピンにおける地方政府と企業の協働の事例から
研究の目的:
本研究は、フィリピンにおける地方政府と企業の協働を事例に、途上国の開発課題の解決に向けてビジネスがどのような役割を果たし得るかを検討するものである。当該研究は、申請者が継続的に行なってきた、フィリピン地方行政サービス提供における地方行政府と外部アクターとの協働に関する諸調査・研究の延長線上に位置付けられる。ここで対象とする「企業」には、企業体本体とそのCSR担当部署の他、企業がCSRの担い手として設立している財団等も含めるものとする。
本奨励研究においては、特に、コロナ禍における地方政府と企業の協働の事例に焦点を当てる。2022年から2023年にかけて科研費を用いて実施した現地とのzoomインタビュー調査では、コロナをきっかけに、従来援助機関やNGOが担ってきた役割を、企業とそのCSR関連組織が代替する流れが加速化してきたことが確認された。また地方行政府が戦略的に企業との協働を模索する事例も目立つようになってきた。こうした協働関係は、コロナ禍の緊急支援に留まらず、ポスト・コロナの現在まで継承され、行政サービス提供のあり方を変化させてきている可能性がある。
以上のような問題関心に基づき、本奨励研究は、コロナ禍で形成された地方政府と企業との協働関係が2024年現在の時点でどのように継承され、進展しているのか否か、その様相を明らかにすることを目的としている。そのために現地調査を実施し、既往調査で協働関係が確認されている事例の関係者へのインタビューを通じて協働関係の現状を把握する他、提供されたサービスの被益者へのインタビューも実施することで、協働の効果についても考察する。
研究者名:
西堀隆史(客員研究員)
研究課題:
タイ・バンコクの低所得者居住地区における小さな共有空間についての調査
研究の目的:
アジア圏の各国における近年の都市空間の変容の中には環境的・歴史的・社会的背景から生まれた生活環境が残存する。そこにある「公私の境界が曖昧な小さい共有空間」や「建築物の構成、社会的背景の変化により生まれた公私の境界が曖昧な空間」などの地域的な特殊性のある空間を、位置的特性・用途・使用状況などから分類・分析していくことにより、都市生活における機能面の質の向上のみならず文化的な側面、元来の生活習慣との関連性を検証し、アジア圏の都市の街並み・生活環境の場所的特性の理解の一端としていくことを目的とする。
タイにおける外部からの影響は近年顕著ではあるが、王朝の交代や占有国土の変化はあるものの欧米による植民地化はされておらず、元来の文化が残存している部分も多い。特に低所得者層が居住する地区には環境や社会的背景からきた特殊性のある生活空間が多く残存していることが確認できる。これらのタイの低所得者が多く居住する地区における、「公共地の一部が半閉鎖され、限定的な周辺の居住者により使用されている空間」、「長屋などの建物の連なりにより形成された限定的な人たちに属しているが、公共的にも使用されている空間」、「公道や線路などの公的な場所が、周辺集落により限定的に使用されている空間」、「公共地が私的な空間の一部のように使用されている空間」などの公共の場における境界は曖昧である。これらの通常は限定的な人たちにより使用されている小さい共有空間を、近年携わってきたバンコクの中心部に近く、広域に及ぶ低所得者層居住地区であるクロントイ地区を本申請における事例とし、建物配置、路地の形成、地区内における分布の調査、使用状況や用途の分類、住民への聞き取りなどを体系的に整理し、現地の歴史的・伝統的な建築物・集落の成り立ちとの関連性との分析も含め、タイの街並み・生活空間の構成の一側面を理解することに繋げていく。